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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)10511号 判決

第一事件原告、第二事件被告

小島正吉(以下単に「原告」という。)

右訴訟代理人弁護士

藤田一伯

第一事件被告、第二事件原告

五十嵐医科工業株式会社(以下単に「被告」という。)

右代表者代表取締役

五十嵐栄三

右訴訟代理人弁護士

水上喜景

遠山泰夫

中川徹

主文

一  被告は、原告に対し、三八万四九二一円及びこれに対する昭和六〇年九月一三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  被告の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

〔第一事件について〕

一  請求の趣旨

1 被告は、原告に対し、二三三万四五九六円及びこれに対する昭和六〇年九月一三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

〔第二事件について〕

一  請求の趣旨

1 原告は、被告に対し、四八四万七九一〇円及びこれに対する昭和六〇年五月二八日から完済まで年六分五厘の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

〔第一事件について〕

一  請求の原因

1 原告は、昭和二七年六月一日、被告に従業員として雇用され、昭和五九年一月一〇日、被告の取締役に就任した。

2 原告は、昭和六〇年六月二〇日まで、被告の従業員兼取締役として稼働した。

3 原告は、被告に対し、被告の従業員又は取締役として次の各金員の支払請求権を有する。

(一) 被告の賃金支払方法は、前月二一日から当月二〇日までの一か月分を当月二五日に支払うというものであるところ、原告の昭和六〇年六月分の賃金の手取額は、三三万四九二一円である。

(二) 原告の昭和六〇年六月分の取締役報酬は、五万円である。

(三) 昭和六〇年六月三〇日までに支払われるべき原告の従業員としての夏季賞与の手取額は、少くとも七七万〇二一五円である。

(四) 昭和六〇年八月三一日までに支払われるべき原告の取締役としての夏季賞与の手取額は、少くとも一七万九四六〇円である。

4 原告が昭和六〇年七月一八日から医療器具の販売業を始めたところ、被告は、原告の仕入先や販売先に対して、原告は不正を働いて被告を辞めた、原告には資金力がないから商品を売るな、買うな等と虚偽の事実を口頭又は文書で流布し、よって原告の営業を妨害し、また、被告の従業員に対して、原告は不正を働いたと話をして、原告の名誉を毀損した。被告による営業妨害及び名誉毀損行為による原告の精神的苦痛を慰謝するには一〇〇万円をもってするのが相当である。

5 よって、原告は、被告に対し、3及び4記載の各金員の合計二三三万四五九六円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年九月一三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1 1及び2はいずれも認める。

2 3の(一)及び(二)は認め、3の(三)及び(四)は否認する。

3 4は否認する。

〔第二事件について〕

一  請求の原因

1 被告は、原告との間で、昭和六〇年五月二八日、原告が昭和五五年九月ころから昭和五九年九月ころまでの間に数十回にわたって被告所有の商品を横領したことによって被告に与えた損害の賠償債務四八四万七九一〇円(以下「本件旧債務」という。)をもって消費貸借の目的とする次の内容の準消費貸借契約(以下「本件準消費貸借契約」という。)を締結した。

(一) 利息 年六分五厘

(二) 弁済期 定めなし

2 被告は、原告に対し、昭和六〇年七月五日到達の書面により、同書面到達の日から七日以内に1記載の金員を支払うよう催告した。

3 よって、被告は、原告に対し、準消費貸借契約に基づき、元本四八四万七九一〇円及びこれに対する昭和六〇年五月二八日から同年七月一二日までは利息として、同月一三日から完済までは遅延損害金として年六分五厘の割合による金員の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

すべて認める。

三  抗弁

1(一) 本件準消費貸借契約は、被告の税務処理の便宜上締結したものであって、四八四万七九一〇円の金員を真に原告において借り受けたこととする意思がないのに、その意思があるもののように仮装することを合意したものである。

(二) 原告は、被告の税務処理の便宜上必要であるとの被告代表者の説明により、被告から返済を要求されることがないものと誤信して本件準消費貸借契約を締結したものであるから、本件準消費貸借契約は錯誤に基づくもので無効である。

2 本件旧債務は存在しない。

四  抗弁に対する認否

すべて否認する。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、それらをここに引用する。

理由

一  第一事件について

1  請求の原因1及び2の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

2(一)  請求の原因3の(一)、(二)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  (証拠略)並びに原告本人及び被告代表者の各尋問結果によると、被告においては、前年一二月一一日から当年一二月一〇日までを評価対象期間として、夏(六月又は七月)と冬(一二月)の二回に分けて、被告代表者においてその間の被告の経営実績及び各従業員の勤務成績を評定して、夏は基本給及び役付手当の約二か月分を、冬は約二・五か月分を、従業員に対して賞与として支給することが過去一〇年以上の慣行となっていたことを認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

しかしながら、後記二の2に判示するとおり、原告は、昭和五五年九月ころから昭和五九年九月ころまでの間、訴外有限会社北央メディカル(以下「北央メディカル」という。)に対して架空伝票を発行しての取引きを継続しており、またこの間に少くとも一三三万〇一五〇円の権限外支出行為をしていたのであり、それが昭和六〇年二月から五月までの税務当局による被告に対する調査の過程で判明したのであるから、被告代表者において、右の原告の行為による被告の対外的な信用の失墜及び財産上の損害を考慮して、昭和六〇年の夏季賞与を原告に対して支給しないことと決したこと(この事実は、被告代表者尋問の結果により認めることができる。)は相当なものというべきであって、昭和六〇年の夏季賞与を原告に対して支給すべき旨の原告の主張は採用することができない。

(三)  請求の原因3の(四)の事実は、これを認めるに足りる証拠がない。

3  そこで、請求の原因4(被告による原告に対する営業妨害又は名誉毀損の不法行為の成否)について検討する。

(証拠略)並びに原告本人及び被告代表者の各尋問結果によると、次の各事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  原告は、被告を退職した後、医療器具の販売を個人営業として始めたが、その仕入先及び販売先は、ほとんどすべて原告が被告に在籍した当時の被告のそれと競合する。

(二)  被告は、昭和六〇年七月、原告が同年六月二〇日付けをもって退職したことを報告する被告名義のはがき(乙第一二号証)を、被告の仕入先及び販売先(以下これらを一括して「取引先」という。)に合計二〇〇通送付し、更に、同年七月二九日、原告の退職の経緯等について問い合わせてきた取引先に対して、被告に対する税務調査の過程で作成された原告の聴取書の写し(乙第七号証)を被告代表者名義の添え書き(その写しが甲第六号証)と共に送付した。なお、この聴取書は、原告において大蔵事務官に対して任意に申述したものであって、記載内容も原告の申述した事実を概ね正確に録取したものである。

(三)  被告は、四〇数名の従業員を有しているが、後記二の2に判示するような原告の行為が他の従業員によってされることがないよう、従業員に対して原告の行為の内容を説明して、注意を与えた。

以上(一)ないし(三)の事実を総合すると、被告のした行為は、基本的には、原告が被告を退職したこと及び退職に至る事実の経緯の説明であると評価することができるものである。確かに、(二)に認定したような税務調査上の聴取書の写しを取引先に送付した被告の行為は、右の聴取書が原告において任意に申述した内容をほぼ正確に録取したものであるとはいっても、その方法において問題がないとはいえないが、(一)に認定した点を考慮すれば、競合関係に立つ商人の営業上の行為として違法であると断ずることはできないものというべきである。また、被告による(三)の行為も、違法なものということはできない。

原告が請求の原因4において主張するその余の事実については、原告本人尋問の結果中にこれに沿う部分があるが、その供述部分はいずれも伝聞に基づくものであって、これを証するに足らず、他にこれを証する的確な証拠はない。

よって、原告の慰謝料請求は採用することができない。

二  第二事件について

1  請求の原因事実は、いずれも当事者間に争いがない。

2  そこで、抗弁1の(一)(通謀虚偽表示の成否)について検討する。

(証拠略)並びに原告本人及び被告代表者の各尋問結果によると、次の各事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  原告は、昭和四五年ころから、被告の北海道地区の営業担当者であったが、昭和五五年九月ころから昭和五九年九月ころまでの間、原告の担当する販売先の一つである北央メディカルの代表者の依頼を受けて、架空名義の請求書、納品書又は領収書(以下これらの書類を「架空伝票」という。)を発行する等の行為をしていたところ、昭和五九年一一月ころ、北央メディカルの脱税の事実が発覚するに及んで、昭和六〇年二月には、被告も税務当局による調査の対象となり、同年五月までその調査が継続されたが、原告は被告の担当者として取調べを受けた。

(二)  原告が担当者としてした被告の北央メディカルに対する医療器具の売買の中には、(イ) 伝票上も被告の名義を用いて現実に売り渡したもの、(ロ) 現実に売り渡してはいるが、伝票上被告の名義を用いず架空伝票を発行したもの及び(ハ) 現実には売り渡していないにもかかわらず、架空伝票が発行されているものの三種類が混在していた。税務当局は、北央メディカルの買掛補助元帳(乙第五号証の一ないし二二)及び原告が過去四年余りにわたって作成した伝票類を持参して、原告に対し、右の(ロ)と(ハ)の区別をするよう要求した(右の(イ)については税務当局に判明していた。)ところ、原告は、当時の記憶に基づいてその区別をし、その結果、(ロ)の金額が合計四八四万七九一〇円になった(この金額は、右に認定したとおり原告の記憶と限られた客観的資料とに基づいて出されたものであるので、その正確性には疑問のあるものであるが、原告は、本件裁判時においても少くとも一三三万〇一五〇円をその金額として認めている。)。一方、北央メディカルの主張する(ロ)の金額は、八一六万七五三〇円であった。

(三)  (二)の(ロ)の四八四万七九一〇円は、被告において各年度の売上金額として税務申告されておらず、また、現実に原告を通じて被告に対して入金されてもいなかったので、税務当局は、被告に対し、右の金員を被告から原告への利息年六分五厘の金銭消費貸借として処理するよう指導した。

(四)  (三)の指導を受けて、被告代表者は、原告と被告間の「金銭消費貸借書」と題する書面(乙第一号証)及び原告と被告連名の所轄税務署長あての「上申書」と題する書面(乙第二号証)の原稿を作成して用意したうえ、昭和六〇年五月二四日午後一時三〇分ころ、原告を出張先から呼び戻し、原告に対し、右の二通の書面を午後二時一五分までに所轄税務署に持って行かなければならない旨及び右の二通の書面を提出すれば、被告に対する税務調査は終結されることになっている旨を告げて、署名捺印するよう求め、原告に署名捺印させた。

(五)  税務調査が開始されてから原告に(四)の二通の書面に署名捺印させるまでの間、被告代表者は、原告に対し、(二)の(ロ)の金額の弁償を求めるような言動を示したことはなく、むしろ、被告の営業活動に差し支えるので税務調査が早く終結されるよう努力するよう指示していた。

(六)  被告代表者は、昭和六〇年六月二〇日に原告の辞職願を受理するに際し、原告からの要請に応じて、「この度び、北海道北央メディカル及び北広島病院グループの脱税問題で当社小島正吉が会社の売上げ向上を願うが為に加担協力していた事は、独断独善の行為で誠に残念な結果となりました。本人は永年の勤務態度からも私利私欲なく潔白であるが、只々、会社発展を念ずる余り得意先の甘言に乗せられたものと思われます。依って、其の責任を感じて、辞職願を提出したもので、これを認め受理致します。」と記載した被告代表者名義のメモ(甲第五号証)を原告に対して交付した。

以上(一)ないし(六)の各事実を総合すると、乙第一号証の本件準消費貸借契約書は、専ら、被告が北央メディカルに対して商品を売り渡していたにもかかわらず、昭和五五年度から昭和五九年度までの間、売上金額として税務申告されていなかったと税務当局において認定された金額につき、税務処理の観点から税務当局からの指導に基づき税務当局に対して提出する目的の下に作成されたものであって、原告において売買代金を権限なく消費したことによって被告に対して与えた損害をてん補することを目的として作成されたものではなく、四八四万七九一〇円の金員を真に原告において借り受けたこととする意思がないのに、あるもののように仮装することを合意して作成されたものと認めるのが相当である。

よって、被告主張の通謀虚偽表示の抗弁は理由がある。

三  結論

以上の次第で、第一事件につき、原告の請求は、昭和六〇年六月分の賃金の手取額三三万四九二一円、同月分の取締役報酬五万円の合計三八万四九二一円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和六〇年九月一三日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、第二事件につき、被告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中豊)

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